2001年4月号VOL.19,NO.4 現代性教育月報 1ー5p


講座/21世紀と性(1)

「性別の決定」はいかになされるか
 -インターセックスと性同一性障害-

       針間 克己


はじめに
 筆者はこれまで、現代性教育研究月報において、1998年7月号の「性別の自己決定権」では、「性別の決定にあたっては、体の性別よりも生物学的基盤を有すると推測される本人の性別の自己認知を決定基準にすること」を論じ、2000年4月号の「インターセックスの治療指針をめぐって」では、小児内分泌科医の田苗綾子先生にインターセックス臨床の実際のお話をうかがい、当事者の意思決定をより尊重すべきだという、筆者の意見を述べる機会を得た。この度、性別決定に関して論じる機会を再び得たので、インターセックスと性同一性障害を対比しながら現在の日本における性別決定の医学的、社会的、法的側面をまとめつつ見ていきたい。


  インターセックスと性同一性障害

 「性別」とはさまざまな要素から成り立っていて、その各要素の集合体の総称が、個人の性別である。まず大きく、体の性別(sex)と性別の自己認知(gender identity)に分けられている。体の性別はさらに、性染色体(XY、XX)、生殖腺(精巣、卵巣)、内性器(精管、精巣上体など、子宮、卵管など)、外性器(陰茎、陰嚢など、陰核、大陰唇、小陰唇)などに分けられる。この体の性別は、性染色体から一定の過程を経て分化していく。一方、性別の自己認知とは、自分自身のことを男と思っていたり、女と思っていたり、男女どちらでもあると思っていたりする、自らの性別の帰属意識である。
 多くの人は典型的な体の性別を持ち、それと合致した典型的な性別の自己認知を持つ。しかし、このような典型的な性別を、医学的疾患により持たない人もいる。その代表的疾患がインターセックスと性同一性障害である。
 インターセックスは、体の性別が性染色体異常、生殖腺の異常、内性器の異常、外性器の異常等で、男女いずれにも典型的でないものを指す。例えば、性染色体がXY、XX以外のものであったり、一連の性分化過程の中途において何らかの障害があり、その後の分化が正常になされていない場合などがある。正確な統計は不明であるが、日本に数十万人以上はいると推定される。
 性同一性障害は体の性別は正常でも、性別の自己認知が体の性別と合致しないものを指す。例えば体は女性でも自分自身の心としては男性と感じ認知している。性同一性障害者の数も不明であるが、日本に数千人以上はいると推測される。


出生前後の生物学的性別

 インターセックスの場合、出生時に何らかの身体的特徴で表現される、生物学的性別の曖昧さや逆転を有している。しかしながら、その診断は絶対的でない場合もある。例えば、陰核が肥大し陰茎様の形状を有している場合に、その境界はどこになるのだろうか?
 「男性の陰茎様なので切除すべきだ」と考える医師もいれば、「正常陰核の肥大したものに過ぎず、そのままでいい」と考える医師もいるであろう。また、インターセックスの原因は、検査により明らかになるものもあれば、原因不明のものもある。
あるいは、出生時、反対の性別の身体的特徴を有していたために、その存在を見落とされ、思春期等のその後の発育経過のなかで、はじめて明らかになるインターセックスもある。
 性同一性障害の性別の自己認知は、後述するが脳の性分化異常にその原因の基盤があると現在は推測されている。しかしながら、現代の医学技術では、脳の性分化という、詳細な解剖学的状態を知るには、死後脳を解剖し、顕微鏡を用いて観察することによってのみ可能である。さらに、脳の性分化は出生後にも進展する過程である。したがって、出生まもない新生児においては、脳の性分化を外的な観察及び検査によっては、見いだすことはできない。性同一性障害に見られる脳の性分化と身体の性分化の不一致という生物学的状態は、その後の成長によって、「自分の性別に違和感を感じる」「自己の性別を異性として認知する」という、当事者の訴えによって初めて他者に示されていくことになる。


出生時の戸籍の性別

 出生時の戸籍の性別は、議論するまでもなく、医師により判断された性別が、自動的に、戸籍にそのまま載り、特に法的に問題となることはない。
 しかし、留意すべきこととして、医師の判断基準がある。インターセックスの場合、個々の医師により、性別の判断が異なることはありうる。例えば、「インターセックスの治療指針をめぐって」において田苗医師も述べているように、不完全型アンドロゲン不応症候群では、性別を男性に割り当てるか、女性に割り当てるかの、医学的判断が困難である。そのため、この疾患においては、ケースバイケースで男性に割り当てたり女性に割り当てたりするということが起こりうる。しかしながら、このような個々の医師の判断基準が異なりうるということに対し、法律家が「医学的に絶対的な基準を設けよ」だとか、「どう判断するか国民全体のコンセンサスを得よ」などと論じることはない。また、医師の判断に対し「もっと詳しく診断書を提出せよ」だとか、「複数の医師による意見書を出せ」と、戸籍記載時に求めるということもない。
 性同一性障害に関しては、出生時にはその疾患の存在に医師も気がつかない(気がつけない)ために、身体的性別から医師は性別を割り当て、それがそのまま戸籍に記載されることとなる。


性別の自己認知

 性別の自己認知を決定するものとしては、従来、1960年代J.Moneyによってとなえられた「性別の自己認知は、生まれてきたときは、男女どちらでもなく中性で、生まれた後の数年までの親などの育て方、接し方で男女いずれかに決定する」という社会的養育環境を重視する仮説が有力であった。しかし、この説は近年批判され疑問がもたれている。
 例えば、J.Moneyがその理論の根拠とした代表的症例への追跡調査がある。これは、ジョンという男児が生後まもなくペニスを事故で失い、女性としての外性器手術を受け、女児ジョアンとして育てられ、J.Moneyが「ジョアンは自分を女性と思い、女性として育った」と報告した有名なケースを、M.Diamondらが追跡調査を行ったものである。それによるとジョアンは、自分が女性ということに違和感を感じ、男性として自己の性別を認知し、ペニスの再建手術を受け、現在は男性ジョンとして結婚し、性交をし、生きている。この症例に関する詳細は、『ブレンダと呼ばれた少年』という邦題の翻訳本(無名舎刊)を日本語でも読むことができる。他にも、性染色体はXYだが、5α還元酵素異常という男性ホルモン異常のインターセックス児が、誕生時より、その外見から、女性と思われ、女性として養育されたものの、思春期以降、自分を男性として認知したという例がドミニカで20例近く、メキシコで7例報告されている。さらにその他さまざまな男女の脳の生物学的性差が明らかになるにつれ、現在では、「人間の性別の自己認知は、その基盤に生物学的差異が考えられる」との説が有力になっている。
 性同一性障害に関しても、現在はその主たる原因として、身体的性別とは異なる性別への脳の性分化が考えられている。例えば、その根拠の一つとして、Swaabらが、1995年にNatureに発表した論文がある。それによれば、彼らは男性から女性へと性転換した性同一性障害者6名の死後脳を調査し、人間の性行動に関係の深い神経核である分界条床核の大きさを検討し、その結果、その大きさは男性のものより優位に小さく、女性とほぼ等しいものであった。


出生後の医学的関与

 インターセックスは、成長時における、外性器の性機能の予測から、男性か女性かを割り当てられる。すなわち、将来的に性交可能なペニスを有しうると判断されれば、男性に、そうでなければ女性へと割り当てられる。そして、この割り当てに従い、それに近付けるような、外科的、内分泌的治療が行われる。この治療方針は、従来は一般的なものであったようだが、最近、疑問の声が起こり、論争となりはじめている。
 理由の第一は、すでに述べたように、J.Moneyの仮説に疑問が起こり、外性器機能だけにとらわれると、医師の割り当てた性別と、本人の性別の自己認知の不一致が起こり、本人に大きな苦悩を与えるからである。
 理由の第二は、幼少時に治療が行われるために、本人の意思決定が尊重されにくい点にある。インターセックスの状態への捉え方によっては、必ずしも全ての当事者が、その治療を望むわけではない。このことに関連して、S.J.Kesslerは、その著書『Lessons fromthe Intersexed』の中で、インターセックスに関する言葉の比較を示しているので紹介する。


用語の比較

〈術前の性器〉
 deformed(異常な)
 intact(無傷な)
〈手術〉
 create(形成する)
 destroy(破壊する)
〈術後の性器〉
 corrected(矯正された)/normal(正常な)
 damaged(傷ついた)/unnatatural(不自然な)

 この比較が示すように、捉え方によっては、医学的治療は当事者にとっては、有害なものとなりうるのである。
 性同一性障害への治療は、まず精神療法を行い、それにより葛藤や苦悩が解決しない場合は、身体的性別を性別の自己認知に近付けるべく、ホルモン療法や、外科的療法が行われる。このような治療は、諸外国では30年以上にわたり一般的に行われている。宗教的信念等より、この治療に反対論を持つものもいるが、他の有効な治療法は現在のところ知られていない。
 日本においては、かつて外性器の形状を男性から女性のものへとする外科手術を行った医師が、優生保護法(現在の母体保護法)違反とされた判例があり、外科的療法に対する合法性が危惧されてきた。しかし、この判例では、合法となるための諸条件が挙げられており、日本精神神経学会の示す治療指針に従えば、違法性はないと現在考えられている。


当事者の性別への社会的コンセンサス

 インターセックスや性同一性障害の性別に対する社会的コンセンサスはどのようで あろうか。
 インターセックスに関しては、社会的コンセンサスに関する、議論、論文、データのたぐいを筆者は目にしたことがない。筆者の経験では、インターセックスの性別決定に関する話をした場合に、多くの場合は「そんな問題があるとは知らなかったし、考えたこともない」という反応が返ってくる。つまりは、社会的議論がこれまでなされてきていなかったのだろう。
 性同一性障害に関しても性別決定に関する広範な調査データはないので、筆者が大学生に対してのレポート「性同一性障害の戸籍の性別変更に関する是非」を2000年に分析した結果を紹介する。 
 レポート提出者107名中「変更を認める」が87名(81.3%)、「認めない」が18名(16.8%)、「わからない」が2名(1.9%)であった。関連するデータである2000年の東京都の人権施策の推進アンケートによれば、「同性愛者・性同一性障害者等」の人権が「尊重されている」が8.2%、「尊重されていない」が69.1%、「わからない」が22.0%であった。
 マスコミでは2000年の産経新聞や2001年のTV朝日系のニュースステーションで、性同一性障害者の戸籍性別訂正に賛成の趣旨で報道がなされている。また、2000年9月には、南野知恵子参議院議員を中心に国会議員による勉強会ができ、戸籍の性別変更に関しても視野にいれながら議論されている。これらのことを考えると、性同一性障害に関しては、その性別を当事者中心に考えようとするのが、社会的には多数を占めているのではと推測される。


戸籍の性別訂正

 出生時に届け出た戸籍の性別(厳密にいえば、長男、長女などの親との間柄)を、インターセックスや性同一性障害のものが、変更を申し立てる場合がある。
 インターセックスにおいては、当事者がまだ幼児であり親が申し立てた場合であれ、成人となった当事者自らが自らの意志で性別の変更を望み申し立てた場合であれ、知られている判例では、全例その変更申立が許可されている。許可理由としては、身体的医学状態と共に、「脳の性差」「心理的男・女」「その心理的傾向がいずれの性に近いか」「性別自認」なども挙げられている。
 性同一性障害においては、昭和55年10月28日東京家庭裁判所で長男から長女に変更された例がある。また、詳細は不明であるが、高橋鐵の『あぶ・らぶ』や、太田典礼の『第三の性=性は崩壊するか』によれば、昭和26年に、人工膣挿入術、豊乳手術を行った永井明雄なる人物が、次男から長女への変更が認められたとの記載がある。しかしながら、最近の公に知られている判例では、性同一性障害者の戸籍訂正は許可されていない。許可されない主たる理由として、「法的な性別は生物学的、生理的に決定される」「遺伝的に規定された性別で決定される」という考えが挙げられている。この「生物学的、生理学的」「遺伝的に規定」という言葉は、人間の性分化のどのレベルを示しているかは、判例に記載がなくその詳細は不明である。


性別の厳密な男女二分は可能か

 最後に性別の男女二分が可能かということについて論じたい。医学的に見た場合、身体的性別、ないしは心理的性別いずれにせよ、厳密に男女に二分することは困難であろう。一方、法的には、判例の積み重ね、あるいは立法的措置により、何らかの基準を設けることは可能かもしれない。しかしそれは厳密には性別の決定基準とはなり得ない。それはあくまでも、「性別変更をしてもよい基準」にしかすぎないからである。すなわち、いかに法的基準を設けようと、インターセックスにせよ性同一性障害にせよ、本人が戸籍変更の申立をしない限りは、戸籍はもとのままである。例えば、医学的にみてほぼ同様の状態である、A、Bという二人のものがいるとして、一人は変更を申し立てず戸籍が男性のままで、一人は変更を申し立て、認められ、戸籍が女性になるということは起こりうるのである。実際にインターセックスにおいてはすでにこの状態は起きている。
 これらのことより、「男女の性別は厳密に二分しなければならず、絶対的な基準が必要だ」という考えに基づき性別を決定することは非常に困難な課題であることがわかる。「本人や社会にとって最も妥当性のある性別を一応、割り当てておく」といった態度がより現実的なのかもしれない。