現代のエスプリ「性の相談」 2003年
20代から30代における性の相談

針間克己

はじめに 20代から30代の特徴と課題
 一般的には、10代の思春期を過ぎ、20代にはいると自己のアイデンティティは確立されるといわれる。その確立したアイデンティティの上に、配偶者を探し、結婚し、子供を持つことが、一般的にこの時期に起きることとされ、社会的にもそのように行動されることが期待される。
 このような年代の特徴や課題が20代、30代の人々にはあるため、性の相談もこの特徴や課題を反映したものとなる。すなわちこの特徴、課題にうまくのれないものたちが相談にくることになる。具体的にいえば、アイデンティティを確立できない、性の問題があるため結婚できない、子供をつくるためのセックスができない、などの相談になる。
 本稿では、筆者が精神科医ということもあり、主として精神科医のところに持ち込まれる相談内容について類型に分けて見ていくことにする。

1.性指向に関する相談
 性指向とは、性的に魅力を感じる性別が異性か同性か両性かということであるが、この性指向に関する相談は、全年代を通じて、20代、30代の年齢層が最も多いように思われる。しかしながら、20代と30代では相談内容の趣旨がやや異なる。
 20代のものが相談にする場合は、主として「同性愛を治したい」というものであり、次に「自分が何者なのかをはっきりさせたい」というものである。最初の「同性愛を治したい」という相談は自己の同性愛への嫌悪感からくる訴えである。10代のころより、同性愛としての自分には気がついていても、20代に入り、社会に出て、社会が持つ同性愛への偏見を感じることで同性愛者としての自己にさらに強い嫌悪感を持つ。このように、社会が持つ同性愛への嫌悪感を同性愛者が自らのものとして取り込んでしまうことを、専門的には「内在化された同性愛恐怖(internalized homophobia)」と呼ぶ。このような場合、社会が持つ偏見を自らも持ってしまっていることに気がつかせ、同性愛者としての自己を受け入れることができるように援助することが、相談の目標となる。
 また10代で通常は自分が同性愛であることに気がついているが、少数派の性指向であるために十分にはアイデンティティが確立できず、20代になっても「自分が何者なのかをはっきりさせたい」と思い相談に来る場合もある。この場合、自己の性指向、セクシュアリティのありようを十分に理解できるように援助する。
 30代では結婚をめぐっての相談が増えてくる。両親等から結婚を勧められて悩む同性愛のものが、親にどう話すべきかなどを相談しに来る。あるいは、男女両方に魅力を感じる両性愛者の場合は、配偶者や結婚を考えている異性にどう自分のセクシュアリティを伝えるべきかを相談に来る。これらの相談を受けた場合には、打ち明け方をともに考えると同時に、場合によれば、家族と面会し直接、同性愛や両性愛について説明することもある。

2.ジェンダー・アイデンティティに関する相談
 ジェンダー・アイデンティティとは心理的な自己の性意識の帰属感、簡単にいえば「心の性別」のことである。一般的にはジェンダー・アイデンティティは体の性別と一致するが、一致しない場合や、はっきりしない場合に相談に来ることになる。
 ジェンダー・アイデンティティが体の性別と一致せず、苦悩が強い場合には医学的には性同一性障害と呼ばれる。しかし、20代でジェンダー・アイデンティティに関して相談に来る場合は、必ずしも性同一性障害とは限らない。昨今の大量の性同一性障害に関するマスコミ報道の影響もあり、多少の性別違和感や、別のセクシュアリティの問題を抱えていても、「性同一性障害だと思う」と相談に来るものもいる。このような場合、慎重に相談に応じ、自己のセクシュアリティのありように気づかせ、アイデンティティが確立できるように援助する。また男性の場合では、30代にはいっても自己のアイデンティティに悩み相談に来ることもまれではない。たとえば、それまで趣味として女装をしていた人が、「自分のジェンダー・アイデンティティは実は女性なのでは」と思い始めたりすることもある。このような場合も20代への対応と同様に慎重に自己のアイデンティティ確立の援助をしていく。
 性同一性障害と考えられる場合には、日本精神神経学会により作成されたガイドラインに準じた治療を行うことになる。特に20代においては、家族との関係をどうするか、今後の人生をどう構築するかなどが、精神科医の対応としてはポイントとなる。また30代においては、これまで築いた職業生活をどうしていくか、あるいはすでに配偶者や子どもがいる場合もあり、そのような家族との関係を今後どのように考えていくかも大切なポイントとなる。

3.性嗜好に関する相談
 性嗜好とは、性的欲求をどのようなものに対して持つかということである。一般的には、年齢相応の人間との性交や性的触れ合いに欲求を持つが、フェティシズム、異性装、サディズム、マゾヒズム、小児愛、窃触症(痴漢)、窃視症(のぞき)など、一般的でなかったり、犯罪行為になる性嗜好を持つものもいる。多くの場合、性嗜好に関する相談は男性によりなされる。
 各年代を通じて、性嗜好に関する相談で多いのは、性犯罪を犯した場合である。この場合「2度と犯罪を犯したくない」という気持ちからや、弁護士や警察からの勧めで相談にくる。対応としては、表面的ではなく心からの反省を持てるようにすると同時に、性犯罪を起こす自分のパターンに気づかせ、今後2度とやらないための具体的方法を検討していくことが大切である。
 20代では、性嗜好が一般的でないため、恋人やパートナーが出来にくいと、相談にくるケースも多い。例えば、フェティシズム物のビデオや写真でマスターベーションを繰り返し、実在の女性には興奮しづらい場合などである。こういったケースで相談に来るものは、自分の性嗜好に、過度に罪悪感を覚えていることも多い。対応としては、まず、人間の性嗜好にはさまざまなバリエーションがあり、他者に迷惑を掛けない限りは、必ずしも一般的でない性嗜好だからといって、非難されることではないことを理解させ、過度の罪責感を減らすように努める。その上で、恋人やパートナーと共有しやすいセクシュアリティの部分を広げていくように促していく。
 30代では、結婚や離婚のトラブルと関係してくる場合もある。たとえば、結婚したものの、夫の性嗜好が一般的でなく、そのことに妻がショックを受けたり、離婚を考える場合である。妻のほうから、「夫は変態だ」「夫は性的異常者だ」等と相談にくることも多い。このような場合、夫婦間で紛争になっていたり、離婚の慰謝料請求の根拠になっていたりすることもあり注意が必要である。「いつもハイヒールを履かせてセックスをしようとする」「違う、普段は普通のセックスで大丈夫だった」のように、それぞれの言い分が大きく食い違うこともあるので、安易な意見は述べないほうがいい。対応としては、夫婦和解の可能性を探った上で、それが難しく、争いが続くようであれば、具体的な意見を述べたり、介入することは控え、中立性を保つべきであろう。

4.恋人が出来ないという相談
 20代で男女ともに、一般的に多く見られる相談は、「恋人が出来ない」というものである。10代でも、恋人が出来ないことは悩みになりうるが、勉強やスポーツに打ち込んでいれば、周りからは奇異に思われず、本人もそれほど深刻に悩むことにはならない。しかし、20代になり、大学生や社会人になれば、恋人がいて、適宜二人で過ごすことが大人としての証であり、恋人がいないものの肩身は狭い。また、結婚を具体的に意識し始める年代であり、結婚への前段階として、恋人探しが意味付けられることもあり、「恋人ができないようでは、まして結婚はとても無理」という具合に捉えられる。
 「恋人ができない」という相談の背景にはいくつかの理由が考えられる。第一には、性に関することだけでなく、全般的な対人関係の問題がある場合である。対人恐怖や何らかの精神疾患があり、恋人に限らず、他者との人間関係がうまく構築できないケースだ。この場合は、性の問題にとらわれず、対人関係全般の改善を目的とした対応をしていくこととなる。
 また、表面的な対人関係には問題がないが、親密な人間関係の構築が困難な場合もある。この場合には、恋人に限らず、親友などもできにくい。しかしながら、恋人はできないが、心理的に深い関係を持たないままに、性的関係を持つことはある。出会い系サイトの利用やナンパ等で、一度限りの性交渉を持つものもいる。このような場合には、親密な人間関係作りがなぜできないかの原因を探り、その改善を目指す対応となる。
 性的なものに否定的なイメージがあるために、恋人ができないものもいる。友人として交際していくには問題がないが、性的接触を伴うような状況は回避するのである。性的なものへの否定的イメージは、レイプ等などの性的被害の経験や過度な純潔教育等により、もたらされる。対応は、性的なイメージを肯定的なものへと再構築することが目標となる。
 勃起障害や性交とう痛症などの性機能不全がある場合もある。性機能不全があるため、恋人ができてもセックスがうまくいかずに別れてしまう。あるいは、セックスがうまくいかないので、恋人をつくる事を避けるようになる。これまで何度もセックスを試みて、うまくいかなかったというものもいるが、実際には、1度や数回しか試みたことはなく、その時の失敗だけをネガティブに記憶し、「自分は勃起障害だ」などのように信じている場合もある。これらへの対応としては、個人の抱えている問題を探っていくと同時に、性機能不全の治療には、カップルでの治療が効果的であることを説明し、恋人づくりへの動機を高める。また、男性の勃起障害の場合には、薬物療法の有効性を説明し安心させることも有効な対応策である。

5.結婚できないという相談
 30代になると、「結婚できない」という相談になることも多い。基本的には20代の「恋人ができない」という相談の延長上にあると考えられるが、結婚の方がより社会や両親といったら外からの圧力を感じての悩みとなる。
 原因や対応方法は、多くは「恋人ができない」と重なるが、違いもある。一つは結婚そのものへの否定的イメージから来る場合である。両親の不仲を見て育っている場合や、友人等が結婚生活にうまくいってない場合には、結婚にネガティブなイメージを持ちうる。結婚すべきかどうか、結婚という制度をどう考える、といった価値観については相談を受けたものは中立性を保つべきである。しかしながら、「結婚したいけれど、結婚にはいいイメージをもてない」といった葛藤状況に本人がある場合は、その葛藤の解決を援助していくべきであろう。
 また、結婚できないと悩むものが、結婚相談サービスや見合いなどでの結婚を試みることがある。これらのサービスの利用を必ずしも否定すべではないだろう。しかしながら、対人関係や性的問題を抱えたまま、形式的に結婚した場合には、その後より一層の困難な状況となる可能性もある。出会いのきっかけはなんであれ、親密な人間関係や、良好な性的関係が築いていけるように対応していくべきであろう。

6.結婚したがセックスできないという相談
 結婚まで二人の間に性交渉はなく、結婚後セックスを試みるもうまくいかないというケースがある。最近では結婚前の恋愛期間中にセックスをするのは一般的であるが、見合いや結婚サービスで知り合ったカップル等では、結婚までセックスをしないこともまれではない。結婚後間もない場合は、単に経験の乏しさから来るだけの失敗で、回数を重ねるうちに自然とセックスできるようになることも多い。何度試みてもうまくいかないという場合には、それまでセックスの機会がなくて、気づかれなかった性機能不全が明らかになったと考えられる。夫婦どちらかに性機能不全がある場合もあるし、両者ともに性機能不全であることもある。このような場合には、性機能不全の種類、状態に合わせての適切なセックスセラピーを行うこととなる。
 また、配偶者が性機能不全であることを理由に離婚を望む場合もある。このような離婚希望の相談を受けた場合には、まずは治癒の可能性について説明すべきであろう。それでも、離婚を強く望む場合には、離婚あるいは結婚の継続への積極的な介入をすべきではないだろう。なお、離婚を望むため、配偶者が性機能不全だとの診断を希望する場合がある。このような場合、夫婦双方の言い分が大きく食い違うことはまれでなく、片方の言い分だけで、安易な診断や専門的意見を述べることは慎むべきであろう。

7.子どもができないという相談
 セックスがうまくいかず、子どもができないことを主訴にするものもいる。特に女性が30代半ばの夫婦に多い。実際に子どもが欲しい場合と、「セックスができない」という訴えることを恥ずかしく感じて、「子どもが欲しい」と間接的に表現している場合がある。いずれにせよ、夫婦どちらかないしは夫婦双方に性機能不全があることが多く、対応としては適切なセックスセラピーを行うこととなる。また、夫婦の一方は子どもを欲しがっていても、もう一方は欲しがっていない場合もある。欲しがっていないためにセックスをしようとしたり応じようとしなかったりしているのである。その場合は、夫婦でどうすべきか話し合いを促すこととなる。
 また、挙児希望が強い場合、「セックスができるようになる」ことを目的としたセックスセラピーを希望せず、セックスはできないまま、人工的な生殖技術によって子供を得ようとする場合もある。どのような方法を選択すべきかは、夫婦それぞれにゆだねられるべきことで、口をはさむことではないだろう。ただ、セックスがうまくできない夫婦は、セックス以外の夫婦関係にも問題を抱えていることも多く、その問題の改善を抜きに子どもを得ようとするのには心配も残る。

8.性生活がないという相談
 結婚しているが、配偶者とのセックスがないという相談である。主に結婚後数年以上経過した妻から相談がなされる。夫がセックスをしようとしない理由はいくつか考えられる。
妻との性生活に飽きてしまった、子どもが生まれ妻としてではなく母としてみてしまう、妻以外の女性と性的関係がある、仕事が忙しく疲労が大きくて性欲が湧かない、なんらかの性機能不全を抱えている、などである。いずれの理由かは、夫から直接話を聞かないとはっきりとはわからない。夫婦ともにセックスをしようという意欲がある場合には、原因に応じた対応をすることになるが、どちらかがセックスしようという意欲がない場合には対応は困難である。

9.セックスできないという相談
 ここまでに、いろいろな相談の種類を紹介した。しかし、「セックスできない」というそのものズバリの相談も多い。結婚や子づくりという間接的なことではなく、セックスできないことそのものが大きな悩みになるのである。セックスそのものが人間にとっていかに大切であるかを考えれば当然のことであろう。相談を受けるものは、まずはセックスできないこと自体を本人がいかに苦しんでいるかを十分に受け止めることが大切である。その上で、背景にある原因に応じた適切な対応をすることとなる。

おわりに
20代、30代は人生の重要な選択肢を決定していく大切な時期である。その選択には性の要素が直接、間接に絡んでいく。また結婚観や家庭観といった価値観の現代社会における多様化はその選択決定をより複雑なものとしている。20代、30代から性の相談を受けるものは、これらの諸側面を理解し、価値観の中立性を守りつつ、相談にきたものがよりよき人生を選択し構築できるように援助していくべきであろう。