M.Landenの論文部分訳

M.Landenの1999年の論文、「Transsexualism:Epidemiology,phenomenology,regret after surgery,aetiology,and public attitudes」 の遺伝子に関する一部分の翻訳です。
この論文は、性同一性障害を持つ人の遺伝子配列に一定の傾向があることを示したもので、現在岡山大学医学部で進められている研究はこの延長上にあるものといえます。


6.4.性転換症における性ホルモン遺伝子

アロマターゼ
 4章における主たる知見は、mtf性転換症では、対照群と比較し、アロマターゼ遺伝子のイントロン4における、比較的長いテトラヌクレオチドの繰り返しが示されることだ。表18に示されるように、特に187bpアレルが、性転換症ではより多く見られる。一方、171bpアレルは、対照群と比較して、現れ方が少ない。
 アロマターゼはテストステロンをエストラジオールへと変換し、性分化において、重要な役割を果たしている。性転換症が、性同一性に関わる脳構造の性分化異常に原因があると仮定するならば、アロマターゼ遺伝子のある変形が、性転換症へのなりやすさに影響を与えるという考えは、合理的である。しかし、調査されたポリモルフィズムは、アロマターゼ遺伝子のイントロンに位置するため、どのようなメカニズムで、このポリモルフィズムが、この酵素の機能に影響を与えているのかという、疑問が生ずる。乳ガン患者のこれまでの研究によれば、このイントロンのポリモフィズムは、アロマターゼの活性に影響を与えるということを示唆している。さらに、Comingsによれば、最近のデータの示唆するところでは、ヌクレオチドの繰り返しは、遺伝子機能に影響を与えており、イントロンに位置する場合も同様である。一つのメカニズムの可能性としては、イントロンにおける、繰り返しの長さは遺伝子切断の位置決定に影響を与える。

アンドロゲン受容体(AR)
 AR遺伝子に関しては、多くの報告が、短いエクソン1の繰り返し配列が、受容体の感受性を高める結果となることを示している。AR活性が、正常な脳の性分化が起こることで重要なことを考えれば、比較的長い、ARでの繰り返し配列が、不適切な脳の性分化を引き起こす、比較的高い危険因子であると推論することは合理的なことである。ここで見られた知見、すなわち、177bpより少ないアロマターゼ遺伝子を持つ性転換症者のサブグループにおいて、対照群と比較して、長いARにおける繰り返し配列が示されたことは、この推論に合致する。
 多くの性転換症者において、アロマターゼ遺伝子の長い変形か、AR遺伝子の長い変形が示されるという推論は、アロマターゼ遺伝子の繰り返しの長さと、AR遺伝子の繰り返しの長さは、性転換症者においては負の相関関係にあるが、対照群では相関関係はないという知見により、より確かなものとなる。
 AR遺伝子のポリモルフィズムは、最近、同性愛男性と対照群で調査されたが、繰り返しの長さにおける違いは見いだせなかった。

エストロゲンベータ受容体(ER)
多くのの性転換症者で、ERベータ遺伝子における、ヂヌクレオチドCA繰り返しポリモルフィズムは、対照群と比較し違いはなかった。しかし、163bp以上のアレルは性転換症者で、対照群と比較し、より多く見られ、特に、比較時にARポリモルフィズムの身近な変型を持つものに限定した場合は多く見られた。
 この研究で調査した、ERベータ受容体ポリモルフィズムは、きわめて最近報告されたものであり、どの程度、機能上の重要性を持っているかは、不明確なままである。したがって、このポリモルフィズムと性転換症になりやすさに関する関係性があるかどうかのデータについての解釈は慎重であるべきだ。しかし、この繰り返し配列の長さが受容体の機能と関連性があることが示されたとしたら、Comingsの推論に一致するものであり、比較的長いERベータ遺伝子配列の長さが、性転換症者において、対称群より多く見られるという知見は、性転換症は性ホルモンにより起こる脳の性分化が理想的には起きていないことに関連しているという推論に完全に一致する。

一次性と二次性の群
患者は一次性と二次性のものに分類した。この分野の研究者の多くは、この分類概念に賛成するが、いまだ議論されているものであり、DSM-IVでは認められていない。調査した、遺伝子変型に関して、どの程度一次性と二次性の性転換症者に違いがあるかを調査するには、統計的には、調査数が足りない。性転換症者と対照群の違いのいくつかは、二次性の性転換症者を除外すると、より顕著なものになるが、ならないものもある。アロマターゼ遺伝子の長さの平均は、二次性性転換症者の群では、177.0+1.7である。すなわち、一次性性転換症者よりは短く、対照群よりは長い。仮定上の一次性と二次性の性転換症者の違いが、遺伝子により証明される可能性への取り組みは、今後の重要な課題である。

研究上の問題
この研究には2点重要な欠点がある。第一に、性転換症はまれであるために、対象となった数が少ない。この研究で示された予備的知見の肯定ないし否定には、はっきりと多数な研究対象が必要である。第二に対照群は全てコーケイジャンであるが、性転換症者の一人はヒスパニックであり、3人はアジア系であり、二人は、片方の親がアジア系である。性転換症と対照群間の結果における違いが、民族の違いによるものである可能性を否定するため、コーケイジャンでない性転換症者を除外した上で、全ての統計的比較をやり直した。
結果は、コーケイジャンでない性転換症者を除外した後でも、報告したほとんどの違いは有意さがあるままであり、単に民族の違いと関連するものである可能性を否定した。

議論
性転換症は大変まれな疾患である。調査したポリモルフィズムは全て比較的多いものである。それゆえ、どのポリモルフィズムも、性転換症の主たる原因と考えることはできない。しかしデータが示すところでは、アロマターゼの187bp(ないしはそれ以上の長さ)変型は性転換症へのなりやすさを増し、また他の変型(短い長さ)はこの疾患へのなりやすさを減らす。さらに、データが示すところによれば、調査されたAR遺伝子ポリモルフィズムの短い変型(より感受性のある受容体になると推測されるな)や、比較的短いER受容体の遺伝子ポリモルフィズムは、それぞれ別個に性転換症へのなりやすさを減らす。注目すべきこととして、対照群では30人中8人であるが、性転換症者では28人中1人においてのみ、アロマターゼアレルの短い変型とAR受容体遺伝子の短い変型を共に示した。さらに、対照群では30人中8人、性転換症者では28名中0名でAR遺伝子の短い変型とERベータ遺伝子の短い変型を共に示した。以上より、アロマターゼポリモルフィズムの長い変型と、アンドロゲン受容体ポリモルフィズムの長い変型と、エストロゲン受容体ポリモルフィズムの長い変型は、不確かではあるが、それぞれが、独立した性転換症の「危険因子」とみなすことができ、調査された全ての患者で、それらの変型の少なくとも一つは見られた。