性同一性障害の治療とケアに関する基準(SOC)

東   優 子1)  針 間 克 己2)(責任翻訳)

氈D序文
 1.性同一性障害の治療とケアに関する基準(SOC)の目的
 SOCの主な目的は,性同一性障害(GID)に関する精神科的・心理学的・内科的・外科的治療について,この国際的機関における専門家の合意事項を明確に述べることにある。専門家にはこうした状態にある人々を援助するための援助手段を理解するうえで,SOCを役立ててもらいたい。また,性同一性障害で悩む人々やその家族あるいは関係する社会機関においては,専門家の最新の考え方を知るための手段として利用することができるであろう。すべての読者においては,この分野の知見には限界があること,そして臨床的に不明確な点のうちいくつかは,いずれ科学的研究によって明らかにされる希望のあることを認識しておいてもらいたい。

 2.治療目標
 性同一性障害に悩む人々に対する精神療法・内分泌学的治療あるいは外科治療の総体的目標は,全体的な心理的安寧と自己実現感を最大限にするために必要となる,望む性での自己としての継続的な自己満足感である。

 3.臨床指針としてのSOC
 このSOCの意図するところは,性同一性障害をもつ人々の治療に対する柔軟な方向を示すことにある。適用条件*1という言い方は,それが最低限必要なものであることを意味する。個々の専門家や系統だった治療計画によっては,適用条件を修正する場合もあり得る。[例えば]ある患者に固有な解剖学的・社会的または心理的状況がみられる場合,あるいはよくある状態について経験豊かな専門家が発展的処置を講じる場合,研究計画上の理由によってなど,臨床現場では指針に沿わない試みが生じることもあり得る。これらの新しい試みについては,SOCに沿わないものであるとの認識がもたれるべきであり,患者に説明されるべきであり,法的トラブルへの対応としてや,この分野の進歩のため短期的・長期的結果が検索可能になるよう記録が残されるべきである。

 4.臨床診断上の境界線
 ある個人の発達に伴い,ジェンダー・アイデンティティ*2に関する不安や不確定感,あるいは疑問といったものが継続し,それが人生における最大事であると感じられるようになったり,ある程度のH藤はあるがそれほど深刻ではないジェンダー・アイデンティティの確立を妨げるほどに強くなってくると,それは臨床上の境界線を越えたと考えられる。そしてその苦悩に対しては,ジェンダー・アイデンティティの問題(gender identity problem),性別違和感(gender dysphoria),性別問題(gender problem),性別不安(gender concern),性別苦悩(gender distress),性別H藤(gender conflict)あるいは性転換症(transsexualism)などと,非公式ながら種々の呼び方なされている。こうした苦悩は,就学前から高齢者まで幅広い世代にわたって生じているものであり,実に多様な形で現れてくる。それは,セクシュアル・アイデンティティや,身体上の性別を分けるセックスやジェンダー,性別役割,ジェンダー・アイデンティティ,あるいは他者からの認知などに対するその人の不満足度の違いを反映するものである。そうした不満足感をもっている者の中でも,以下の2つの公的な疾病分類,世界保健機関の国際疾病分類10版(ICD-10)あるいはアメリカ精神医学会の「精神障害の診断統計マニュアル第4版(DSM-「)」のうちどちらか1つの診断基準に当てはまる場合,その人は性同一性障害(GID)に苦しんでいると公式に認められることになる。性同一性障害の中には,さらにもう1つの境界線を越える人達もいる。外科的に身体を作り変えたいという願望を持続的に抱えている人たちである。

 5.  性同一性障害*3を抱える基本的な2つの人口集団―生物学的男性と生物学的女性
 生物学的性は,性同一性障害を扱ううえで常に重要な因子である。臨床家は,それぞれに直面する生物学的・社会的・心理的・経済的問題を分けて考慮する必要がある。ただし,すべての患者がSOCに従う必要のあることには変わりがない。


.疫学的考察

 1.発現率
 性同一性障害が初めて専門家達の注意を引くようになった時,臨床的な視点は,主としていかにして性別再指定手術の候補者を見定めるかという点に注がれていた。この分野が成熟してくるに従い,専門家たちは真正の性同一性障害のある人であっても,手術を望まず,手術の候補者になることもない人達がいることを認識するようになった。最初期の推測では,成人における性転換症の発現率は男性37,000人に1人,女性107,000人に1人とされた。最新のオランダにおける発現率に関する報告では,性同一性障害のスペクトラムの一極をなす性転換症は,男性11,900人に1人,女性30,400人に1人である。系統的な研究によって確固たる裏づけが得られているわけではないが,以下の4つの観察から,発現率はなお一層高くなる可能性があると考えられる。

 1)不安,うつ病,躁うつ病,行為障害,薬物乱用,解離性同一性障害,境界型人格障害,その他の性障害や半陰陽状態を伴う場合,認知されていなかった性別問題が診断されることがしばしばある。

 2)患者として治療を受けてない男性の異性装者(male transvestites),女装者(female impersonators),トランスジェンダー(transgender),男性および女性同性愛者の中には,性同一性障害がみられる場合もある。

 3)性同一性障害の程度が,臨床的境界線上を揺れ動くものもいる。

 4)身体的に女性である場合,ジェンダーの不一致があっても,それは文化的に目立つものではなく,特にメンタルヘルス専門職(MHPs)や科学者の目には留まらない傾向がみられる。

 2.性同一性障害の自然経過
 理想的には,ジェンダー・アイデンティティをめぐるH藤の自然経過に関する前方追跡的データがあれば,すべての治療を決定するための情報を提供することになろう。しかし,性同一性障害を持つ少年少女のほとんどが,特に治療を受けなくとも,セックスやジェンダーを変えたいという願望をいずれ失っていくということが示されている他は,そのようなデータは存在していない。性同一性障害の診断が下された後,通常,治療的アプローチには,@望む性役割での実生活経験,A望む性のホルモン,B性器や他の性的特徴を変えるための手術という,3要素・段階が含まれる(「三つ組療法*4」という名で呼ばれることもある)。科学的には十分確立されたとはいい難いが,次の5つの理由により,臨床医が診断のみに基づいて三つ組療法を指示することはない。
 1)注意深く診断された者でも,その熱望に自発的な変化が生じることもある。  2)あるいは,医学的介入なしに,自分のジェンダー・アイデンティティに対するより快適な適応のしかたを実現する場合もある。
 3)精神療法の段階で,一連の3治療をこなしていこうという望みをあきらめる場合もある。
 4)ジェンダー・アイデンティティ・クリニックによっては,説明のつかない高い中途脱落率が報告されている。
 5)三つ組療法によって良い結果が得られた患者の割合は,研究報告によって大きな差がみられる。
 性同一性障害をもつ人の多くは,三つ組療法の3要素すべてを希望する。三つ組療法の順は典型的には,ホルモン→実生活経験→手術であるが,実生活経験→ホルモン→手術の順で進められることもある。生物学的女性に好まれる順として,ホルモン→乳房切除術→実生活経験という場合もある。しかしながら,性同一性障害という診断が下された際には,治療に関する多様な選択肢が考慮されるべきであり,選択肢の中の1つだけがその人にとっては唯一の完璧な治療的組み合わせになる。性同一性障害をもつ人の全員が三つ組療法の3つすべての要素を必要としているわけでも,望んでいるわけでもない。

 3.ジェンダー・アイデンティティの不一致をめぐる世界の文化的相違
 疫学的調査によって,世界における性同一性障害の発現頻度が類似したものであることが確認されたとしても,国と国の文化的な違いによって,性同一性障害の状態は異なる行動上の表現を呈示するであろう。さらには,治療の機会・治療の費用・治療法・ジェンダーが不一致な人々やそのケアにあたる専門職に対する社会的態度は,地域によって大きく異なる。性別の境界を越えることは,ほとんどの国で一般的に同情ではなく道徳的非難を呼ぶが,クロス・ジェンダー行動に汚名を着せることのない文化といった驚くべき事例も存在しているのである(例: 宗教的指導者など)。


。.診断用語

 1.臨床業務の5要素
 性同一性障害患者への職業的な関与は,診断評価・精神療法・実生活経験・ホルモン療法・手術療法のいずれかを含む。以下では,診断評価の背景について述べることとする。

 2.用語の発展
 「性転換者(transsexual)」という用語は,ホルモン投与や手術の有無とは関係なく,解剖学的に反対の性の性役割を望むか,実際に生活する人々を表す言葉として,1950年代に専門家や一般人によって使い始められた。1960〜1970年代にかけて,臨床家は「真性性転換者(true transsexual)」という用語を使っていた。真性性転換者とは,非典型的なジェンダー・アイデンティティ発達という特徴的経過を経ており,手術を頂点とする一連の治療によって生活の改善が見込まれる人々のことであると考えられていた。真性性転換者は,@幼少時代から思春期を経て成人期に至るまで,一貫して行動上表現される反対の性別への自己同一化*5があり,A異性装に対して性的興奮をほとんど,あるいは全く感じず,B彼らの解剖学的性との関連でとらえるところの異性愛的関心は全くない,と考えられていた。真性性転換者は,男女どちらのケースもあるとされた。真性性転換者の男性は,男性的な行動発達過程をそれ相応に経ていながら自分の性を変えたいと思うに至った男性たちとは区別された。しかし,男性の真性性転換者についての概念は,そうした患者に出会うことが稀であるということや,初期の真性性転換者たちが最初期に疾患理論に記述されていたものに沿うよう,あえて自らの経歴を偽っていたことなどを理由として消失していった。女性の真性性転換者についての概念は診断的な不確実さを呈することがなかったのは,主として,患者の経歴が比較的一貫しており,女性による異性装行動などのジェンダー不一致行動が臨床家の目に留まらなかったからである。その後,精神医学が公式用語を開発するに至るまでの間,男女両性の性別問題を指す用語として「性別違和症候群(Gender Dysphoria Syndrome)」が採用されてきた。
 性転換症(Transsexualism)という診断名は,身体の性別や社会的な性を変えたいという持続的関心を,少なくとも2年間示した者を指すものとして,1980年にDSM-。*6から導入されたものである。その他の性別違和については,思春期あるいは成人期の性同一性障害,非性転換型(GID of Adolescence or Adulthood Nonsexual Type)あるいは,特定不能の性同一性障害(GID Not Otherwise Specified: GIDNOS) などと命名されたが,メディア関係では無視されることが多く,メディアはセックスやジェンダーを変えることを望む人には誰でも性転換者という用語を使った。

 3.DSM-「
 1994年,DSM-「委員会は診断名である性転換症 (Transsexualism)を性同一性障害(Gender Identity Disorder)に置き換えた。反対の性に対する強く持続的な同一感と,自分の性に対する持続的な不快感またはその性における性役割に対する不適切感を持つ者に対し,年齢に応じて,小児の性同一性障害(302.6)および青年または成人の性同一性障害(302.85)とした。この診断基準を満たさない者に対しては,特定不能の性同一性障害GIDNOS(306.6)が用いられる。GIDNOSという分類は,乳房を大きくしたいという願望がなく去勢や陰茎切断だけを望む者や,性器再建術を受けずにホルモン療法や乳房切除術を希望する者や,先天的なインターセックス状態にある者,一過性のストレスに関連した異性装者,性役割の放棄に対して非常に両価的になっている者など,多様な人々を含むものである。GIDやGIDNOSと診断された患者はさらに性的指向に沿って,男性指向・女性指向・両性指向・両方に対する指向がないのいずれかに下位分類される。この下位分類は,性指向によって特有の治療アプローチをとることが,その性指向の異なる個々にとってより,より効果的な結果をもたらすか否か,時間をかけて結論づけるのに役立つことを意図している。治療の決定を方向づけようというものではない。
 DSM-。からDSM-「が発表されるまでの間に「トランスジェンダー(transgender)」という用語がさまざまに使われ始めた。通常とは異なったジェンダー・アイデンティティをもつ人に対して,価値判断を伴わない,すなわち精神病理学的意味をもたずに言及するために使われることもあれば,ジェンダー・アイデンティティに絡む何らかの問題を抱える人に言及して非公式な使い方をすることもある。トランスジェンダーは公式な診断名ではないが,多くの専門家や一般人が,GIDNOSという公式な診断名よりも使いやすいと考えた。

 4.ICD-10
 ICD-10は,現在,性同一性障害に対して5つの診断名を提示している(F64)。  性転換症(F64.0)には3つの診断基準が設けられている。
 1)異性の一員として生き,受容されたいという願望。通常,外科的治療やホルモン療法によって自分の身体を自分の好む性に可能な限り一致させたいという願望を伴う。
 2)異性への性同一性が,少なくとも2年間,持続的に存在すること。
 3)それは他の精神障害または染色体異常の一症状ではない。  両性役割服装倒錯症(F64.1)には3つの診断基準が設けられている。
 1)一次的に異性の一員になる経験をするために,異性の衣服を着用すること。
 2)服装を取り替えるについては性的な動機は全くない。
 3)永続的に異性に変わりたいという願望は全くないこと。
 小児の性同一性障害(F64.1)では,女子と男子で診断基準が異なる。
 女子の場合:
 1)少女であることについての持続的で強い苦悩と,少年でありたいという欲求の表明(単に,文化的に少年である方が有利だからというだけの欲求ではなく),または自分は少年であるという主張。
 2)次のどちらかがあること。
 a.あたりまえの女らしい服装を明らかに持続的に嫌悪し,型どおりの男らしい服装をすると言い張る。
 b.女性の解剖学的構造を持続的に否認する。それは次のうちの少なくとも1項に示される。
 @自分にはペニスがある,または生えてくるだろうという主張
 A座った姿勢での排尿の拒絶
 B乳房の成長や月経を喜んでいないという主張
 3)思春期にはまだ入っていないこと。
 4)この障害は,少なくとも6カ月存在していること。
 男子の場合:
 1)少年であることについての持続的で強い苦悩と,少女でありたいという強い欲求,またより稀には,自分が少女であるという主張。
 2)次のいずれかがあること。
 a.女性の定型的な行動に心を奪われる。これは女性の服を着たり,女装したりすることを好むこと,あるいは少女のゲームや遊戯に参加することに強い欲望をもつ一方,男性の定型的な玩具やゲーム,括動を拒絶することで示される。
 b.男性の解剖学的な構造を持続的に否認する。それは次の主張の繰り返しのうち少なくとも1項目に示される。
 @自分は成長して女になるであろう(単に役割においてでなく)。
 A自分のペニスや畢丸が嫌だ,または消えてなくなるだろう。
 Bペニスや睾丸はない方がよい。
 3)思春期にはまだ入っていないこと。
 4)この障害は,少なくとも6カ月存在していること。
 他の性同一性障害(F64.8)には特定の診断基準はない。
 性同一性障害,特定不能のもの(F64.9)にも診断基準はない。上記2つの診断はインターセックスの状態をもつ者にも使うことができる。
 DSM-「とICD-10は,治療と研究に指標を与えるためのものである。これらの用語は,異なる専門家集団が異なる時期における合意過程を経て造ったものであり,将来,両方式間の相違がなくなることが期待されている。現時点では,特定の診断は,科学的調査というよりは主として臨床的判断に基づいたものである。

 5.性同一性障害は精神疾患であるか?
 精神疾患と診断するには,ある行動パターンが本人にとって適応上の著しい不利益ないしは,精神的苦痛をもたらしていなければならない。DSM-「とICD-10は,何百もの精神障害を規定してきた。それらには,発症・経過・発病原因・機能障害・治療可能性におのおのの違いがみられる。性同一性障害を精神疾患と位置づけることは,性別の問題を持つ患者に汚名を着せたり,市民権を剥脱することを許容するものではない。公式の診断を使用することによって,苦痛の軽減をもたらし,健康保険の適応範囲をカバーするうえで重要となることが多く,またより効果的な治療研究を促進するうえでの指標を与えるものである。

「.メンタルヘルス専門職(MHP)

 1.MHPが担う10の仕事
 性同一性障害をもつ人にかかわるMHPsは,以下に記載された責任事項の多くを常に課していることが必要である。
   1)ある個人の性別に関する障害を正確に診断する。
   2)併発し得る精神疾患を正確に診断し,適切な治療が行われるよう配慮する。
   3)選択できる治療の範囲とその意味について,その個人に助言する。
   4)精神療法を行う。
   5)ホルモン療法や外科療法の適用資格と準備資格が整っているかを確認する。
   6)内科系および外科系の同僚医師に正式な紹介状を書く。
   7)紹介状に関連事項を記載した病歴をつける。
   8)性同一性障害に関心を持つ専門家チームの一員となる。
   9)患者の家族や雇用主,組織・施設に対して,性同一性障害に関する教育を行う。
 10)以前に診た患者の予後観察を行えるようにしておく。

 2.成人向けの専門家
 成人向けの専門家への教育は,精神疾患の診断治療についての臨床全般にわたる基礎能力の向上を目的とする。基礎的訓練は公式の成績証明書を発行する教科,すなわち心理学・精神医学・ソーシャルワーク学・カウンセリング学・看護学などの枠組みで行われる。以下の項目は性同一性障害の専門家として要求される最低限の資格である。
 1)臨床行動科学の分野における修士学位,またはそれに準じる能力を有すること。これ,もしくはこれ以上の学位については,全国規模あるいは地域の審査組織が認定するものでなければならない。MHPsは,正式な研修機関と資格認定委員会から授与された資格証書を保有していなければならない。
 2)(単に性同一性障害だけでなく)DSM-「/ICD-10に記載された他の性障害の評価について,専門的訓練を受け,評価能力を有すること。
 3)指導者について精神療法の訓練を受けた事実とその能力についての証明。
 4)性同一性障害の治療についての教育を継続的に受けること。それには専門家のミーティングやワークショップ,セミナーへの参加,あるいはジェンダー・アイデンティティに関連する調査研究への参加などが含まれる。

 3.小児向けの専門家
 小児および早期の思春期児を評価し,治療する専門家は,小児および思春期の精神発達病理学についての訓練を受けていなければならない。小児および思春期児によくみられる問題の診断と治療ができなければならない。これらの必要条件は,成人向けの専門家に求められる必要条件に加えて求められるものである。

 4.適用条件と準備条件の違い
 SOCは,ホルモン療法や手術療法の適用条件を勧告するものである。ここで勧告される適用条件を最初に満たさなければ,患者および治療者はホルモンや手術の要請をすべきではない。適用条件の一例としては,性器手術に先立ち,12カ月間フルタイムで望みの性での生活を送らなければならない,というものである。この基準を満たすには,この期間に実生活経験を行った旨をMHPが書面に記す必要がある。準備条件というのは,ジェンダー・アイデンティティの発達状態や,新たなあるいは自己が確信する性役割において精神的健康度が向上しているか,などといった点をはっきりと確認していく必要があるもので,治療者および患者の判断に頼らねばならない分だけより複稚である。

 5.MHPsとホルモン処方医および外科医との関係
 ホルモンや手術療法を推薦するMHPは,その決定に対して法的・倫理的責任を治療医と分かち合うことになる。ホルモン療法は,他の向精神薬を使うことなく,患者の不安と抑うつ感を軽減することも多い。しかし,ホルモン療法や手術療法に先立って,あるいは並行して向精神薬が必要になる場合もある。MHPsには,その評価を行い,適切な投薬が行われるよう注意を払うことが期待される。合併し得る他の精神疾患によりホルモン療法や外科治療を受けられなくなるということは必ずしもないが,診断によっては難しい治療的ジレンマが生じるためにホルモン療法や手術療法が延期あるいは中止に至ることもあり得る。

 6.MHPsがホルモン療法や手術療法のために提出する紹介状は簡明詳細に
 1)患者を特定するための全般的な身元確認上の特徴。
 2)当初のジェンダーと発達したジェンダー,生物学的性に関する診断とその他の精神科的診断。
 3)専門的治療期間と患者が受けた精神療法の種類,およびそれに関する評価。
 4)それまでに満たしている適用条件と,ホルモンや手術についてのMHPの判断およびその根拠。
 5)現行のSOCにどの程度従ってきたかについてと今後どの程度従うのかの見通し。
 6)報告書作成者がジェンダーチームの一員であるか。
 7)紹介者はここに記載された内容事項を含む紹介状をMHPsが実際に書いたことを確認するための電話を歓迎する旨。
 紹介状がきちんとまとめられ,すべての内容がそろっていることは,ホルモン処方医や外科医に対して担当したMHPsが性同一性障害に精通し,十分にその役割を果たす能力のあることを証明できたことにもなる。

 7.ホルモン療法や乳房手術には,1通の紹介状が必要とされる
 上記の7点を押さえたMHPから患者の治療に責任ある立場の医師への紹介状1通があれば,ホルモン療法や,乳房手術(e.g.乳房切除術,胸部再建術,豊胸手術)への紹介は十分である。

 8.性器手術には通常2通の紹介状が必要
 生物学的男性への性器手術としては,睾丸摘出・陰茎切除・陰核形成・陰唇形成・造膣などがある。一方,生物学的女性への性器手術には,子宮摘出・卵管卵巣摘出・除膣・陰核陰茎形成・陰嚢形成・尿道延長・人工睾丸の移植・陰茎形成などがある。  MHPsが職務を遂行し,その過程について他のMHPと非精神科医が構成する医療チームに構成員の一人として定期的に報告することが理想である。性器手術を施行する医師に対する紹介状は,そこに二人のMHPsの署名があれば,通常は1通で十分である。
 しかし普通は,性同一性障害の経験ある同僚もなく,一人で職務を遂行するMHPsからの推薦状であることが一般的である。単独で治療にあたるこうしたMHPsの場合,ジェンダー問題の症例について専門家同士の助言を受ける機会もないであろうことから,性器手術を施行するに先立って2通の紹介状が必要とされるのである。もしも,最初の紹介状が修士号取得者によるものであるならば,2通目は併発し得る精神症状に対する十分な診断評価能力をもつ精神科医あるいは博士号を有する臨床心理士の手によるものでなければならない。最初の紹介状が患者の精神療法担当者によるものであるならば,2通目は患者の評価のみを担当した人によるものがよい。ただし,それぞれの紹介状が同じ項目を網羅していなければならない。少なくとも1通は包括的な報告であらねばならない。最初の紹介状を読んだ2通目の紹介者の書く内容は,簡単な要約かあるいは推薦に賛同する旨を記すかのどちらかでよい。


」.小児および思春期児の評価と治療

 1.現象学
 小児および思春期児の性同一性障害は成人のものとは異なり,急速かつ劇的な(身体的・精神的・性的)発達過程が関与する。小児および思春期児の性同一性障害は複雑な状態にある。若者は生物学的性の表現型と自身がジェンダー・アイデンティティとして感じているものとの不一致を経験し得る。特に思春期児において強度の苦痛が経験され,それに関連して情緒的および行動上の困難が生じることも多い。結果は多分に流動的かつ変化に富むものであり,それは思春期前の児童において特に顕著である。若者における非典型的なジェンダーが,性転換症に発展することは稀であるが,そうした若者の多くが最終的に同性愛指向を発達させる。
 小児および思春期児のジェンダー・アイデンティティH藤の特徴としてよくみられるものとして,言葉で表現された異性になりたいという欲求,異性装,その子どもが同一視する性別にあわせた遊戯や玩具での遊び,指定された性別*7にあうと通常考えられている服装や態度,遊戯などの回避,その子どもが同一視する性別*8と同じ遊び仲間や友達を好むこと,身体的性的特徴や性的機能への嫌悪,などがあげられる。女子よりも男子の方が性同一性障害の診断を受けることが多い。
 現象学的には,小児および思春期児の性別*9に関連する苦悩の表出のしかたと,妄想あるいは他の精神病的症状の現れ方には質的な違いがみられる。身体やジェンダーについての妄想的信念は精神病的状態に伴って起こる場合もあるが,それは性同一性障害の現象と区別されるべきである。小児の性同一性障害は成人の性同一性障害と同等ではなく,前者が必ずしも後者に帰着するわけではない。子どもが年少であればあるほど,結果はより不確かであり,順応性に富むものである。

 2.心理的・社会的介入
 小児専門のMHPが担う仕事は,以下の指針としてあげられている事項の全体を確実なものとする評価と治療である。
 1)専門職はジェンダー・アイデンティティを認識したうえでそれを受容しなければならない。秘密が受容され,取り除かれることによって,かなりの精神的に解放されるものである。
 2)評価にあたり,小児あるいは思春期児のジェンダー・アイデンティティの性質と特徴が十分に吟味されなければならない。心理的診断や精神科的評価が徹底的に行われなければならない。他の情緒的および行動上の問題が非常に多くみられ,子どもの置かれた環境における未解決の問題も多く存在することから,徹底した評価は家族に関しても行われなければならない。
 3)治療は,子どもの日常で併発する問題の改善や,ジェンダー・アイデンティティ問題や他の困難な状態からくる苦悩の低減を中心課題として行われるべきである。ジェンダー・アイデンティティに一致する性役割がどの程度許容されるのかについての難しい判断を下すに当たり,子どもおよびその家族に支援提供がなされなければならない。この判断を下すには,子どもの状況を他者に知らせるべきか,子どもの生活にかかわる他者がどのように反応すべきかといった問題が絡んでくる。例えば,その子どもは指定された性別(sex)と反対の名前や服装で学校に通うべきかといった問題である。関係者もまた,その子のジェンダー表現に対して抱く不確実感や不安に耐え,最善に対処するためにどうするのかという点で支援されるべきである。専門家同士の連絡会合などが,こうした問題への適切な解決策を見いだすうえで有効になる。

 3.身体的介入
 いかなる身体的介入を考慮する前にも,心理や家族,社会的問題が十分に吟味されなければならない。身体的介入は思春期の発達を考慮しながら施行されるべきである。思春期のジェンダー・アイデンティティ発達は急速かつ予測せぬ進展をするものである。思春期児は,主に家族を喜ばせようとして性別の意識を身体に一致させる方向で変化することがあるため,それが持続しなかったり,ジェンダー・アイデンティティが恒久的に変化することにならない場合がある。思春期児は,アイデンティティに関する強固な信念をもつようになり,それが決して元には戻らないという誤った印象を与える形で強く表現することもあるが,後により流動的なものに戻る場合がある。このような理由により,臨床的に適切である限りにおいて不可逆的な身体的介入はできるだけ延期されるべきなのである。思春期児が抱える苦悩の程度によっては,身体的介入を講じなければならないというプレッシャーが大きくなるであろうが,そうした状況については,小児および思春期児の学際的専門サービスが存在する地域であれば,そこへ紹介することを考慮すべきであろう。
 身体的介入には以下の3つの分類あるいは段階がある。
 1)完全に可逆的な介入:LHRH作用薬あるいはメドロキシプロゲステロン(medroxyprogesterone)を使ってエストロゲンやテストステロンの産生を抑え,思春期の身体的変化を遅延し続けることができる。
 2)部分的に可逆性な介入:これは身体の男性化あるいは女性化を促すホルモンによる介入であり,生物学的女性へのテストステロン剤や生物学的男性へのエストロゲン剤投与などがある。元に戻す際には外科的介入を要する場合もある。
 3)不可逆的介入:これは外科的処置を指す。
 最初の2つについては,選択肢を残しておくために段階的な過程を経ることが勧告される。1段階から2段階へと進むまでには,若者やその家族がそれ以前に行われた介入によってもたらされた効果に十分なじむまでしかるべき時間を置くべきである。

 4.完全に可逆的な介入
 思春期児においては,思春期特有の変化が始まった段階で,それを遅延させるホルモン剤への適用資格があるとすることができよう。これについて思春期児およびその親が説明を受けたうえでの意思決定(informed decision)するうえで,思春期児がその生物学的性で思春期の開始を少なくとも,ターナーの第二段階(Tanner Stage Two)*10の段階まで経験することが勧告される。臨床的理由により,より早期に介入することが患者にとって有利であると考えられる場合は,小児内分泌医の助言と2人以上の精神科的意見をもって対処しなければならない。
 この介入は,@精神療法において,ジェンダー・アイデンティティやその他の発達に絡む問題をさらに探るための時間稼ぎになる,A思春期児が性別*11の変遷を今後も続けていく場合,パッシングしやすくするという2つの目標をもつことにより,正当化されるのである。思春期児に思春期遅延ホルモンを与えるためには,以下の基準が満たされていなければならない。
 1)小児期を通じて,その思春期児は異性*12としてのアイデンティティのパターンと,期待される性役割行動に嫌悪を示していたこと。
 2)セックスやジェンダーといった性別に対する不快感が思春期を境に大きく増幅していること。
 3)家族が同意し,治療に参加していること。
 生物学的男性には,LHRH作動薬(これがLHの分泌を止めることにより,テストステロン分泌を止めることになる),あるいはプロゲスチンか抗アンドロゲン剤(テストステロンの分泌を抑止するか,テストステロンの作用を中和する)を使った治療がなされるべきである。生物学的女性には,月経を止めるために,LHRH作動薬か十分な量のプロゲスチン(これによりエストロゲンとプロゲステロンの産生が止められる)を使った治療がなされるべきである。

 5.部分的に可逆的な介入
 思春期児は,16歳をもって,男性化あるいは女性化を促すホルモン治療を始める適用資格があるとされ得る。その際,親の同意があることが望ましい。多くの国では,16歳から医学的意思決定のできる法定成人と見なされるため,親の同意を必要としない。
 思春期の治療については,MHPが関与することも適用資格の1つである。実生活経験やホルモン療法を実施するためには,MHPが少なくとも6カ月間,患者とその家族に関与している必要がある。この6カ月間に行われるセッションの頻度は治療者の判断次第であるが,その意図は,その間にホルモン療法や実生活経験が十分,繰り返して考慮されることにある。初回面接以前にすでに実生活経験を始めている患者については,専門家はその患者および家族とじっくり向き合い,どういった変化が起こっているのかその経過を十分反芻して考慮すべきである。

 6.不可逆的介入
 いかなる手術的介入も成人期前,あるいは思春期児が同一視する性別の性役割で少なくとも2年間の実生活経験を経ずして実行されるべきではない。18歳という境界線は適用基準であり,それ自体が能動的介入をすべき指標年齢と見なされるべきではない。


_Y.成人への精神療法

 1.基本的観察
 成人の性同一性障害の多くの人が,三つ組療法すべての構成要素を経験しないでも,快適で効果的な生き方を見いだしている。自分自身の力でうまくやっていける人がいる一方で,自己が癒されるような発見と成熟過程をもたらすことにおいて精神療法が大変役に立つ場合もある。

 2.精神療法は三つ組療法に絶対必要というものではない
 すべての成人のジェンダー患者が,ホルモン療法や実生活経験,手術を行うために,精神療法を必要とするわけではない。精神療法をどの程度必要であると感じているかによって,個々の治療プログラムも異なってくる。最初にMHPsが評価の結果として精神療法を薦める際は,治療の達成目標や回数,期間を明示すべきである。ホルモン療法や実生活体験あるいは手術に先立って行われるべき精神療法の最低限回数といったものはない。その理由は,@一定期間で同じような目標に達成できる能力は,患者間でかなり異なる,Aセッションについて最低限の回数を設けることがノルマと解釈される傾向があり,そのことが患者が成長するための大切な機会を阻害してしまうことになる,BMHPは性別移行の全過程を通じて患者の重要な支援となるものである,という3点にある。個々のプログラムにおいては,ある最低限回数か期間の精神療法を適用条件として組み込むことができる。
 患者の評価を行うMHPが精神療法士である必要はない。ジェンダー・チームの構成員が精神療法を行わない場合は,患者が治療の次の段階に進むために,療法の内容について説明した紹介状が求められる場合があることを担当した精神療法士に伝えておくべきであろう。

 3.精神療法の目標
 精神療法はしばしば,それまで患者が真剣に考えてもみなかったさまざまな選択肢を教える教育的機会でもある。そこでは仕事と対人関係について現実的な目標設定することの重要性が強調され,安定した生活をおびやかすH藤を見いだし,軽減を試みるのである。

 4.治療関係
 信頼される関係を築くことが,MHPとしての成功の第一歩である。これには,最初の評価段階で,性別問題について批判を交えない診察を行ったかにかかることが多い。他の問題は,患者がこの医師はジェンダー・アイデンティティの問題に関心があり,理解していると感じた後によりよく扱えるようになるだろう。性同一性障害だけでなく,患者の抱える複雑な問題のすべてにかかわりあうことが理想である。治療目標は,ジェンダー・アイデンティティとの折り合いをつけてより快適な生活を送れるようになれるよう,ジェンダー以外の問題に効果的に対処できるよう援助することである。臨床医は職能を発揮し,支援的関係を構築し,それを維持するようにするものである。MHPは,こうした初期の目標が達成された場合でも,教育的療法や精神療法,内科的,外科的療法をもってしても,患者の生下時の性別判定やそれまでのジェンダー経験によってもたらされた結果の痕跡すべてを永久に消し去ることはできない可能性などについて,患者と話し合わなければならない。

 5.精神療法の手順
 精神療法とは,いかに情緒的に苦痛を受け,どうすればそれが軽減され得るかについての知識がある療法士と,苦悩を経験している患者との双方向性型コミュニケーションである。典型的な治療の所要時間は50分。精神療法の流れは発展的な経過をたどる。患者の生活史を正しく評価し,現在のH藤を理解し,非現実的な考えや不適応を起こしている行動を同定する。精神療法は性同一性障害の治療を意図したものではない。通常の目標は,対人関係や教育,仕事,ジェンダー・アイデンティティ表現において現実的な成功の機会をもたらす,長期的に安定したライフ・スタイルである。ジェンダーに関する苦悩は,しばしば人間関係や仕事,教育上のジレンマを悪化させるのである。

 療法士は,多くの選択肢の中から選ぶ権利が患者にあることを明示しなければならない。患者は時間をかけてさまざまな方法を試してみることができる。理想的には,精神療法は共同作業となる。治療者は患者が適用条件や準備条件を理解していることを確認しなければならない。なぜなら,治療者と患者が協力し合う中で,問題を明確にし,問題に対処する患者の技術が向上したかを評価しなければならないからだ。共同作業を行えば,推薦状を理由もなく保留しているように思える治療者と,自分の考えや感情,出来事,人間関係について治療者に自由に話すことに大きな不信感を感じているように思える患者との間に生じる行き詰まりを防ぐことができる。
 精神療法は性別意識に変化が生じるいずれの段階においても有益になり得る。このことは,手術後にもいえることであり,ジェンダーの不快感の原因となっていた解剖学的障壁を取り除いた後であっても,その人は真の安らぎや新しい性役割における生活技能の欠如感を抱き続けることがある。

 6.性別適応に有効な選択肢
 以下に述べる行動的実践と過程は,それらのさまざまな組み合わせによって,個人がよりよい心の落ち着き所を見いだす助けになってきたものである。こうした形での適応は自然に起こることもあれば,精神療法を受ける中で進展していくこともある。新しくジェンダー適応の手段を見いだしたとしても,将来,その人がホルモン療法や実生活経験,性器手術を追い求めないとは言えない。
 1)行動的実践
 生物学的男性:
 @異性装:人目につかない下着の着装,中性的な服装,女性服
 A身体の変容:電気分解や脱毛剤による脱毛,簡単な美容形成
 B身だしなみ,おしゃれ,発声の技術を高める
 生物学的女性:
 @異性装:人目につかない下着の着装,中性的な服装,男性服
 A身体の変容:胸を平らにする物の着装,ボディビル,芝居用のつけヒゲ
 B下着パッドや人工ペニスの着装
 両方の性に:
 @トランスジェンダー現象について学ぶ:支持グループ,ネットワーク,インターネットでの仲間との交信,SOCの学習,仕事や対人関係や人前での異性装の法的権利に関する一般書ないし専門書から
 A望みの性で娯楽活動をしてみる
 B一時的に異性の生活をしてみる

 2)過程
 @自己の同性愛的あるいは両性愛的空想や行動(指向)をジェンダー・アイデンティティや性役割願望とは別のものとして受容する。
 A仕事を維持し,子どもの情緒的ニーズにこたえる準備をし,結婚の束縛に誇りを持ち,常に反対の性を表現したい自分の欲求よりも家族を苦しめないことにより高い優先順位があることを受容する。
 B日常生活において,男性としてあるいは女性としての性意識を統合していく。
 C強くなった性転換願望の引き金になるものを突き止め,それについて効果的に対応する。例えば,自己防衛・自己主張・仕事上有用な職能技術といったものを伸ばし,重要な関係を強固なものとするために対人H藤を解決する。


_Z.成人へのホルモン療法のための必要条件

 1.ホルモン療法を施行する理由
 異性ホルモンは適切に選択された性同一性障害のある成人に処方されることで,解剖学的および心理的な性別移行過程を経るうえで重要な役割を果たし得る。ホルモンは新しいジェンダーでうまく生活していくために医学的に必要となることが多い。ホルモン療法は,生活の質を向上させ,治療しない場合によく起こる精神科的合併症状を軽減させる。医師が生物学的女性にアンドロゲン剤を,生物学的男性にエストロゲンやプロゲステロン,テストステロン抑制剤を投与すると,患者は望みの性別に近づいた感覚を覚え,外見的にもより近づいてくる。

 2.ホルモン療法のための適用条件
 ホルモン投与は,医学的・社会的危険をはらむものであるため,安易に投与を開始してはならない。その適用条件には3つの基準がある。
 1)18歳以上であること。
 2)ホルモンの医学的効能と限界,社会的利点と危険について,患者自身に十分な知識があると示されること。
 3)@ホルモン投与前に3カ月以上の実生活経験があることを証明する文書,AMHPが特定できる初回面接からこれまでに受けてきた精神療法の期間(通常は最低3カ月間),のいずれか1つがあること。
 特定の状況においては,上記にある3番目の基準を満たしていない患者に対してもホルモンを提供することが許容され得る。例えば,闇市場や管理下にないホルモン使用に代わって,質の保証されたホルモンを使った観察療法を開始するといった場合がそれに相当する。

 3.ホルモン療法のための準備条件
 これには以下の3つの基準がある。
 1)実生活経験または精神療法の実施期間中に,患者のジェンダー・アイデンティティがより確固たるものとなっていること。
 2)明るみになった諸問題への対処法に進展がみられ,そのことが精神状態の改善や安定を継続につながっていること(反社会性・薬物乱用・精神病・自殺傾向などの問題を十分に*13制御できる状態を指す)。
 3)患者がホルモン療法に対して責任ある態度で望むであろうこと。
 4.手術や実生括経験を望まない患者にもホルモン投与はできるか?
 できる,が上記の必要基準を最低限満たしたうえで,しかるべきMHPの診断と精神療法を受けていること。異性としての生活や手術を希望しない,あるいはそうしたことができない状況にあるジェンダー患者においても,ホルモン療法が大きな安らぎを与えることがある。患者によっては,ホルモン療法のみで十分に症状が緩和され,異性としての生活や手術の必要性が起こらないことがある。
 5.拘禁中の人に対するホルモン療法および医学的ケア
 性同一性障害の治療を受けている人は,収容された後もここに述べられたSOCの基準に沿って適切な治療を受け続けるべきである。例えば,精神療法や異性ホルモン療法を受けてきた人については,情緒不安定やホルモン剤に誘発された身体的効果が退化してしまうことや,絶望感が引き起こし得るうつ・不安・自殺傾向などを予防,あるいは軽減するために必要となるこの医学的治療の継続が認められるべきである。異性ホルモン剤の急激な中止に曝された拘禁中の人は,特に精神科的症状や自傷行為に走る危険に陥る。この基準に記述されたホルモン治療の医学的観察も提供されるべきである。トランスジェンダー受刑者の収容に当たっては,その人のジェンダー移行程度や身の安全性が考慮されるべきである。


_[.成人へのホルモン療法とその影響
 ホルモンがもたらす身体への最大的効果は2年間の継続的治療を経た後でなければ得られないことがある。遺伝性の因子がホルモンに対する組織の反応性を決定するのであり,増量すると変わるというものではない。実際にもたらされる効果の程度は患者によって異なる。

 1.ホルモンの望ましい効果
 生物学的男性がエストロゲンを内服した結果,胸が膨らみ,体脂肪分布が女性型に変わり,上半身の筋力が衰え,皮膚が柔らかくなり,体毛が減って頭髪の減少は少なくなり,造精機能が減少し,睾丸が萎縮し,勃起の頻度・硬度が減退する,ということが起こり得る。これらの大部分は薬を止めると元に戻るが,胸の膨らみは完全には元に戻らない。生物学的女性がテストステロンを服用すると,不可逆的な変化としては,声の低音化,陰核の肥大,軽度の乳房萎縮,ヒゲや体毛の増加,男性型の禿頭が起こり得る。可逆的な変化としては,上半身の筋力の増加,体重増加,社会的・性的な関心と興奮性の増大,臀部脂肪の減少がある。

 2.起こり得る負の医学的副作用
 医学的問題を抱えている場合や,心臓血管障害の心配のある患者ではより重く致死的な結果を招くおそれがある。例えば,タバコ,肥満,高齢,心疾患,高血圧,血液凝固異常の既往,悪性腫瘍や内分泌異常などは,ホルモン療法の副作用とリスクを高め得る。したがって,患者によってはホルモン療法に耐えられないものが存在するだろう。その得失率は医師と患者間で相談されるべきである。しかしホルモンは危険ばかりでなく,健康上の利益をもたらし得るものである。危険と利益の比率について,患者と処方医が一緒になって考えるべきであろう。
 エストロゲンやプロゲスチン服用の男性にみられる副作用としては,血液凝固作用(致死的肺血栓症の危険を伴う静脈血栓),良性の下垂体プロラクチノーマの発達,生殖能力の喪失,体重増,情緒不安定,肝臓病,胆石,眠気,高血圧,糖尿病の可能性がある。
 テストステロン服用の女性にみられる副作用としては,生殖能力の喪失,ニキビ,情緒不安定,性欲亢進,心臓血管障害の危険を増加させる脂肪分画の男性型への変化,良性・悪性の肝臓腫瘍と肝機能障害の可能性がある。

 3.処方医の責任
 ホルモンは医師が処方すべきものであり,使用前・使用中における適切な心理学的・医学的評価なくして実施されるべきものではない。適用条件・準備条件について理解していなかったり,SOCについて知らない患者については,これらの情報を伝えなければならない。こうした患者の例こそ,性同一性障害に経験のあるMHPに紹介すべきであることを示唆している。
 ホルモン投与と検査は内分泌専門医でなくて良いが,性同一性障害をもつ人の関与する内科的,心理的な問題を良く知っている必要がある。
 一連の既往歴と身体検査,血液尿検査のあと,医師は治療の効果と副作用を生命の危機にかかわる可能性をも含めて再検討しなければならない。患者は治療の危険性と有効性を十分理解する力があり,疑問に対しては説明を受け,医学的経過観察を受けることに同意しなければならない。カルテの記録の中には,ホルモン療法の危険性と利点について議論したことを示す説明同意の文書も含まれていなければならない。
 個々の患者に対する処方可能なホルモンの種類や投与方法には多くの選択肢がある。使用可能な選択肢には経口・注射・経皮の種がある。40歳以上,または血液凝固異常または静脈血栓の既往のある男性には,エストロゲン貼付パッチの使用が考慮されるべきである。注射を嫌う女性には経皮テストステロンが便利である。他の内科的・外科的・精神科的問題がなければ,基本的医学的検査は以下のものである。作用副作用に関する一連の身体検査,治療前・中のバイタルサインの測定,体重測定,血液生化学検査である。ジェンダー患者は,ホルモン投与の有無にかかわらず,骨盤内の腫瘍のスクリーニングを他の人々と同様に受けるべきである。
 エストロゲン服用者に対して最低限実施されるべき検査は,投与前のフリー・テストステロン値・空腹時血糖値・肝機能値・末梢血液検査であり,この再評価を6カ月目,12カ月目と,以後1年ごとに実施する。プロラクチン値は投与前と投与後1年,2年,3年目に測定されるべきであろう。この時期に高プロラクチン血症が現れなければ,それ以上の検査は必要としない。エストロゲンを服用している男性には,乳癌検診を実施し,普段から自己触診するよう勧告し,高齢者の場合には前立腺癌検診をすべきである。
 アンドロゲン服用者に対して最低限実施されるべき検査は,投与前の肝機能値・末梢血液検査であり,この再評価を6カ月目,12カ月目と,以後1年ごとに実施する。毎年の肝臓触診も考慮されるべきである。乳房切除を受けた女性あるいは乳癌の家族歴のある女性は,癌検診を受けるべきである。
 患者に対しては,異性ホルモン療法を含む医療管理下にあることを示す簡単な書面を渡すということも考えられる。ホルモン療法初期は,患者が警察やその他当局とのいざこざを避けるために,これを常に持参しておくことが勧告されてよいだろう。

 4.性腺切除手術後のホルモンの減量
 除睾術後は,エストロゲン投与量を1/3あるいは1/2に減量しても女性化を維持することができる。卵巣摘出後のテストステロンの減量は骨粗鬆症の危険を考慮して定める。ジェンダー患者すべてに長期の維持治療が必要となる。

 5.ホルモンの誤用
 処方されたのではなく,友人,家族,他国の薬局からホルモンを手に入れる者もいる。医学的に管理されていないホルモン使用は,使用者をより深刻な医学的危険にさらすことになる。監視下にある患者であっても,医師の知らぬ間に不法に入手したホルモンを過剰服用する場合がある。MHPsや処方医は,病気の併発を抑えるために適量での服用を続けるよう患者を奨励する努力をしたいものである。処方された服用量を守らない患者については,医師が医学的・法的責任を打ち切ることは倫理的に正しいことである。

 6.ホルモンのその他の効果
 医学的適用が可能な場合には,ホルモン療法はいかなる性器手術にも先行して施行されるべきである。ホルモンがもたらす効果による満足感は,希望する性別*14の一員としての自覚を高め,さらなる治療に進んでいこうという確信を強くする。効果に不満足である様子がみられる場合は,手術に進むことへの迷いが生じている合図かもしれない。生物学的男性においては,ホルモンだけでも十分に胸が発育し,豊胸術を不要とすることがある。ホルモン療法を受ける患者によっては,性器手術やその他の外科治療を望まないものもいるだろう。

 7.抗アンドロゲン剤と逐次的治療*15
 抗アンドロゲン剤はエストロゲン内服中の男性に補助的に用いられるが,女性化の達成に必ず必要というものではない。患者によっては,エストロゲンの副作用が心配される場合,抗アンドロゲン剤はより強くテストステロンを抑制し,低容量のエストロゲン使用を可能にするための補助剤となり得る。
 女性化に逐次的治療は必要なく,生理周期を真似るための周期的エストロゲン投与やエストロゲンの代わりにプロゲステロンを月内の一定期間投与することなどは不要である。
 8.インフォームドコンセント(説明同意)
 ホルモン療法は,法的に説明同意が得られる人のみに与えられるべきである。ということは,裁判で親の家長権下にはないと認められた未成年者や,拘禁中の人の医学的な自己意思決定能力が認められれば,そこに含まれてくるのである。思春期児の場合,説明同意は文書で未成年者本人とどちらかの親または保護者のものが必要である。

 9.生殖に関する選択肢
 インフォームド・コンセントには,ホルモン投与によって妊孕性が低減し,性器切除が生殖能力を止めてしまうことを患者が理解しているという内容が含まれる。ホルモン療法や性別再指定手術を受けた人が後に遺伝的つながりをもつ子どもの親になることができなくなったことを悔やんだ事例が知られている。ホルモン療法を勧めるMHP,およびホルモンを処方する医師は,ホルモン療法を開始する前に患者と生殖に関する選択肢を話し合うべきである。生物学的男性,特にまだ生殖していない人々は*16,精子の保存という選択肢を知らされるべきであり,ホルモン療法を開始する前に精子バンクの利用などを考慮してみるよう勧告されるべきである。生物学的女性については,現在のところ,受精卵の低温保存以外に卵子の保存手段がないが,その情報を含めて生殖問題について知らされるべきである。他の選択肢が利用可能になった際は,それらが呈示されなければならない。


_\.実生活経験
 日常生活において,新しい,あるいは変化しつつある性役割あるいはジェンダー表現を全面的に選択することを実生活経験という。これは個人のジェンダー・アイデンティティに一致する性役割への移行においては必須のものである。性表現の変更により,直ちに個人的および社会的に重篤な結果が生じるため,家族・職業・対人関係・教育・経済・法律など諸側面がどう変化するかを知ったうえで実行に移されなければならない。専門家は予測される結果について患者と話し合う責任がある。性役割やジェンダー表現の変化が原因で,就労差別・離婚・結婚問題・[離婚後の]子どもの訪問権*17に対する制限あるいは剥奪が起こり得る。新しいジェンダー表現でうまくやっていくためには,こうした外因的な現実的問題に立ち向かっていかなければならないのである。こうした結末は,実生活経験を実施する以前に患者が想像していたのとはかなり異なるものかもしれない。しかし,変化することのすべてが否定的なものであるわけではない。

 1.実生活経験における指標
 患者の望みの性での実生活経験を評価するとき,治療者は次の能力を再検討しなければならない。
 1)フルタイムまたはパートタイムの仕事を続けていること。
 2)学生としての生活が送れていること。
 3)地域の奉仕運動に参加していること。
 4)上記の1)〜3)のいくつかを組み合わせて実施していること。
 5)(法律的に)ジェンダー・アイデンティティに相応しい名前を得ること。
 6)患者が望みの性で生活できていることを知っている人が治療者以外にも存在していることを証明する書面。

 2.実生活経験と実生活試験
 専門家が望みの性での日常生活の開始を勧めても,いつどのように開始するかを決定するのは当事者の責任である。実生活経験を開始してから,このしばし机上で想像していた人生の方向づけが最善の選択ではないという結論を下す者もいる。患者が希望の性で上手くいけば「性転換者」として確認され,続けることをやめると決心すれば「性転換症ではなかったに違いない」と決めつけられる。こうした推論がもたれるのは,うまく適応していける能力と性同一性障害があるという事実を混同しているからである。実生活経験は,その人の決意や望む性で生活していく能力,社会的・経済的・心理学的支援のありようが適切であるかどうかを試すためにある。実生活経験を経ることによって,今後どう進むべきかMHPと患者双方が判断しやすくなるのである。実生活経験がうまくいけば,その先の段階へと進むことについて,MHPも患者も自信を得ることができる。

 3.MtF(Male-to-Female)のヒゲおよびムダ毛の脱毛
 ヒゲの濃さは,異性ホルモンの投与により大きく抑制されるものではない。電気分解による脱毛は,一般的に安全で時間のかかる治療であるが,しばしば生物学的男性の実生活経験の行程を潤滑にするものである。副作用として,治療中や直後に感じられる不快感,たまに見受けられる色素沈着,疲痕,毛のう炎をきたすことがある。電気分解による脱毛には正確な医学的同意が必要でなく,患者の判断で始められる。脱毛するには目に見える長さまでヒゲを伸ばさなければならないため,一般には,実生活経験の前にすることが勧告される。患者の多くが十分な顔の脱毛をするのに2年を要する。レーザーによる脱毛法は新しく,経験者は限られている。


_].手術

 1.性別再指定は深刻な性同一性障害について効果的であり,医学的に望ましいものである
 性転換症あるいは重篤な性同一性障害であると診断された人々に対する性別再指定手術は,ホルモン療法や実生活経験とともに,その効果が証明された治療手段である。この治療方法は,資格ある医師に処方あるいは推薦を受けた場合,医学的に望ましく,医学的に必要とされるものなのである。性別再指定はいかなる意味においても「実験的」「探索的」「選択的」「美容的」あるいは選択的なものではない。これは性転換症あるいは重篤な性同一性障害にとって,非常に効果的かつ適切な治療となるのである。
 2.性別再指定手術に関する倫理的疑問にどう対処するか
 医師も含めた多くの人々が,倫理的根拠から性同一性障害に絡む手術に反対している。一般の外科的処置では,機能回復のために病変部が切除されたり,患者の自己イメージを向上させるために身体的特徴の変更が行われるものである。性別再指定手術に反対する人々の間では,性同一性障害のある人に手術を施行することにおいて,こうした状態があるとは認識されていない。性同一性障害をもつ患者を扱う専門家は,解剖学的に正常な構造を変えることについて,平静でいることが重要である。いかに手術が性同一性障害をもつ人の心理的苦痛を改善し得るかを知るために,専門家は,患者の話に耳を傾け,生活史やジレンマについて話をする必要がある。「なにはともあれ害を与えるな」という倫理的根拠に基づく手術の施行への抵抗は,尊重され,議論されるべきであり,重篤な性同一性障害による心理的苦痛について患者自身から学ぶ機会を与えられるべきであろう。
 HIVやB型肝炎,C型肝炎など,血液が媒体となる感染症の血液の免疫学的証拠だけを理由として,性別再指定手術やホルモン療法の利用可能性や適応性が否定されることは倫理的に反する。

 3.外科医のホルモン処方医やメンタルヘルス専門職との関係
 外科医は,単にその手術ができるというだけの交代可能な技術者ではなく,長期治療過程にかかわる臨床チームの一員である。患者はしばしば執刀外科医に対して多大な好意を抱くものである。そしてこの気持ちは,理想的には長期の経過観察を可能にする。外科医の患者に対する責任ゆえ,性器手術が推薦されるに至った診断を理解しなければならない。外科医は十分に自分の患者と話し合う機会を持ち,患者にとって手術が有益になるであろうことを自分自身でも納得する必要がある。理想的には,外科医は患者の心理的ケアや内科的ケアに積極的にかかわってきた他の専門職と密接な関係をもつべきであろう。性同一性障害を専門とする専門家の学際的チームに参加することができれば,最も望ましい。しかしながら,そのようなチームはどこにでもあるわけではないため,外科医は最低限として,メンタルヘルス専門職とホルモンを処方した医師が性同一性障害に関して専門的な経鹸があり,評判がいいかどうかを再確認する必要がある。それはしばしば推薦書類内容の質の度合いに現れてくるものである。偽造書類あるいは変造書類も時折提出されることがあるため,外科医は少なくとも1名のMHPに対して,紹介状の真偽を確認すべく直接連絡をとるべきである。  いかなる外科処置においても,術前に健康状態を監視し,ホルモン療法の肝臓その他の器官への影響を調査する必要がある。これは独自にまたは同僚の医師との協力において行われる。術前の条件が性器再建術を複雑にすることがあるため,術者は泌尿器科的診断にも有能であるべきである。治療記録として,施行される手術に関する患者の書面での説明同意が含まれるべきである。

_]氈D乳房手術
 豊胸や乳房切除はさまざまな適用理由によって一般人が簡単に受けることのできる,よくある手術である。こうした手術の施行理由には,美容適用から癌までいろいろである。乳房の外見は第二次性徴として重要であることに違いはないが,乳房の大きさや存在は性別(sex and gender)の法的定義にかかわるものではなく,生殖にも重要ではない。乳房手術の施行はホルモン療法の開始と同じ条件で考慮されるべきである。そのどちらもが身体に対して比較的不可逆性のある変化をもたらすものである。
 MtF(Male-to-Female)患者に対するアプローチは,FtM(Female-to-Male)に対するものとは異なる。FtM患者の場合,男性としてのジェンダー表現をうまくするために乳房切除術が最初に受ける手術となることが多く,受ける手術がこれだけである場合もみられる。乳房組織が切除される量によって皮膚切除も必要となる場合,痕跡が残ることになるため,その旨を患者に知らせておくべきである。FtM患者はホルモンを開始すると同時に手術してもよい。MtF患者については,ホルモン療法が18カ月経過しても乳房肥大が社会的性役割で落ち着くには不十分であるとホルモン処方医および外科医が証拠記録を示した場合,豊胸術が施行される場合がある。


_].性器手術

 1.適用条件
 種々の外性器手術に対する下記の最低限の適用条件は,外陰部手術を希望する生物学的男性と女性に等しく用いられる。
 1)患者の居住する国の法定成人年齢に達していること。
 2)通常,医学的禁忌のない人に対する12カ月以上の継続したホルモン療法(下記の「ホルモンや実生活経験を経ずに手術をしてもよいか」を参照)。
 3)12カ月以上連続したフルタイムでの実生活経験を成功させること。元の性別に戻った期間があるということは,治療の進展に対してアンビバレントであることを示し,一般的にはこの基準を満たす期間として認められるべきではない。
 4)MHPの要請があった場合,実生活経験の施行期間中,MHPと患者が一緒に決めた頻度で定期的に責任を持って精神療法を受けること。しかし精神療法自体は,手術療法における絶対的な適用条件ではない。
 5)費用・入院期間・起こり得る合併症・各種手術後に必要なリハビリテーションなどに関する患者の知識が示されること。
 6)SRSができる他の外科医を知っていること。

 2.準備条件
 準備条件には以下の項目が含まれる。
 1)新しい性別のアイデンティティを確固たるものとする進展がみられること。
 2)仕事・家族・対人問題に対処することにおいて進展がみられ,かなり精神状態が向上していること。これは,例えば反社会性・薬物乱用・精神病・自殺傾向などの問題を十分に制御できることを意味する。

 3.手術はホルモン療法と実生活経験を経ずにしてもよいか?
 適用基準を満たさない個人は性器手術を受けることができない。性器手術は診断された性同一性障害に対する治療であり,注意深い評価がなされて初めて施行されるべきものである。性器手術は,要請に応じて保障されるべき権利ではない。SOCはそれぞれの患者に配慮した個別のアプローチを提供するものであるが,精神科的評価・可能な精神療法・ホルモン療法・実生活経験といったもので構成される治療に細かく言及した全般的な指針が無視されてよいわけではない。しかしながら,もしもある個人が望みの性の一員として長期にわたって確信をもって生きてきたという事実があり,一定期間の精神療法を経て心理学的に健康であると評価される場合において,それでもその個人が性器手術に先立ってホルモンを服用しなければならないというだけの特別な理由はない。

 4.手術可能な状態
 性同一性障害をもつ人にとって性器手術は,単に選択可能な治療方法の1つではない。選択可能な治療方法としての一般的な手術については,患者と外科医との間で私的に交わされた相互同意に基づく契約があれば十分である。性同一性障害があると診断された個々人への性器手術については,資格あるMHPによって包括的評価がなされた後に初めて施行が可能となる。性器手術は,包括的評価が行われ,その人が適用資格および準備資格を満たしていることが書面で立証された後に施行され得る。この手続きを踏むことで,MHPと外科医と患者は身体に対する不可逆的変化についての責任を分担することになるのである。

 5.性器再建の担当医に対する要請事項
 手術医は,全国的あるいは評判の高い学会によって資格登録された泌尿器科医・婦人科医・形成外科医・一般外科医でなければならない。手術医はより経験豊富な外科医による指導訓練を受けたという書類で証明されるような,性器再建技術に長けているべきである。この分野の経験がある外科医であっても,仲間に治療技術を再審査してもらう意欲をもたなくてはならない。新たな技術が発表される専門家の会議などにも出席すべきであろう。
 理想的には,外科医は2つ以上の性器再建法について知識をもつべきである。それにより,患者との相談面接の際にそれぞれの患者に見合った理想的な手法を選ぶことができるのである。1つの術式しか習熟していない場合,患者にそのことを伝えるべきであり,その術式を希望しない患者や不適応と判断される患者については他の外科医に紹介すべきである。

 6.MtF患者への性器手術
 性器手術の行程には,除睾術・陰茎切断・造膣術・陰核形成・陰唇形成などが含まれる。こうした処置には技術の高い手術と術後のケアを要する。技術的には,陰茎皮膚反転法・有茎S字結腸移植法,遊離皮弁貼り付けによる新生膣作成法などを要する。性感が得られるというのは,膣の機能性や見た目に並んで,造膣術の重要な目的である。

 7.MtF患者へのその他の手術
 女性化を促すために施行されるその他の手術としては,甲状軟骨切除術,腰部の脂肪吸引,外鼻形成,顔面骨切り,除皺術,眼瞼形成術などがある。これらについては,MHPの推薦状を必要としない。
 変声を促す外科的手術については,その安全性と効果に関する懸念がもたれており,この術式の利用が広まるまでにより多くの追跡調査がなされることが求められる。この術式を選択する患者は,声帯を保護するために,その他の挿管を要する全身麻酔を使った手術がすべて終了した後に施行すべきである。

 8.FtMへの性器手術
 性器手術の行程には,子宮摘出・卵管卵巣摘出・除膣・陰核陰茎形成術・陰嚢形成・尿道形成・人工睾丸移植・陰茎形成などが含まれる。現在実施されている陰茎形成術の術式にはさまざまある。どの術式を用いるかは,解剖学的あるいは外科学的考慮によって制限されることもある。もしも陰茎形成術の目的が見た目のよさや,立位排尿,性感や性交能力である場合,その患者に対しては,手術には複数の段階があり,技術的困難が伴うことも珍しくないため,追加手術を要することもあることなどについて,明確に告げておかなければならない。理論上は小さな陰茎を1回の手術で形成する陰核陰茎形成術でさえも,しばしば2回以上の手術を要したりするのである。陰茎形成術に関する術式の過剰さは,今後さらなる技術開発が必要であることを物語っている。

 9.FtM患者へのその他の手術
 男性化を促すために施行されるその他の手術としては,腰や大腿部,臀部の脂肪吸引などがある。


_]。.術後*18の予後観察

 長期の予後観察は,良好な心理社会的結果の一因であるがゆえに勧告される。術後観察は,患者のその後の解剖学的および医学的健康に重要であり,手術の有効性と限界についての知識を術者に与えるうえでも重要である。外科医による長期予後観察は,最善の結果を確実なものとするために,すべての患者に対して勧告される。遠方からの患者に対して手術を施行した外科医は,個別の予後観察計画を立て,患者の地元で,適性価格による,地元の医師の長期的な術後ケアが保障されるよう企画すべきである。術後患者によっては,こうした医師らがホルモン療法や手術療法を受けた患者に固有に現れ得る長期的状態を予防し,診断と治療のできる最適任者であることを認識せず,ホルモン処方医による予後観察を受けようとしない場合がある。術後は,年齢に応じて勧告される指針に従って,定期的な医学的スクリーニングを受診すべきである。予後観察の必要性はMHPの領域にもいえることであり,他のどの専門家よりも長い時間を患者と過ごしているがゆえに,術後のあらゆる適応上の困難を支援するうえで,彼らほど最適な立場にある者はいないといえよう。


 謝辞:翻訳にあたり,埼玉医科大学ジェンダークリニック委員会のメンバーである原科孝雄先生,高松亜子先生,井上義治先生が翻訳された第5版を参考にさせていただきました。また井上先生におかれましては,第6版の翻訳について的確なご指摘をいただきましたことを感謝いたします。

†本論文は,1979年に初版されたハリーベンジャミン国際性別違和症候群協会Standards of Careの第6版である。既版は1980,1981,1990,1998年に改訂されている。
 ガイドライン改訂委員会(Standards of Care Revision Committee)は1999年1月より任期2年で構成。構成員数17名の内訳は,臨床心理/ソーシャルワーク(7),外科(4),精神医学(2),内泌学(1),産婦人科学(1),性科学(1),社会学(1)でHBIGDAの(会長を除く)理事・事務局全員が参加。
 ご意見・ご質問等がありましたら,以下にご連絡ください。
700-8516 岡山市伊福町2ミ16ミ9 ノートルダム清心女子大学人間生活学部 東優子宛
 電子メール:higashi@post.ndsu.ac.jp

*1原文は,eligibility requirements。

*2日本語では「性自認」「性の自己認識」「性同一性」等に訳されている。1950年代,それ以前は言語学用語でしかなかった「ジェンダー」という語を<人間の性>の諸相を解説する用語として初めて用いた性科学者・John Moneyは,ジェンダー・アイデンティティについて次のように定義する。「ジェンダー・アイデンティティは,ジェンダー・ロール(役割)についての個人的な経験であり,ジェンダー・ロールとはジェンダー・アイデンティティを公に表現したものである。ジェンダー・アイデンティティとは,男性あるいは女性,あるいはそのどちらとも規定されないものとしての個性の統一性,一貫性,持続性であり,自己認識や行動において経験されるが,その程度はさまざまである。ジェンダー・ロールとは,個人が男性あるいは女性,あるいはそのどちらとも規定されないものとしての程度を,他者あるいは自己に対して示す言動のすべてを指す。それは性的興奮や性的反応を含むものではあっても,それに限られるものではない」(Money J : Gendermaps Continuum, 1995より)。

*3原文では,Gender Identity Disorderあるいはその省略形であるGIDが用いられることもあるが,訳はすべて「性同一性障害」とした。

*4原文ではTriadic therapy。

*5原文ではcross-gender identity。

*6精神疾患の診断統計マニュアル第3版。

*7~9,11,14)原文ではsex and genderとなっており,「生物学的性と社会文化的性」と訳されることも多い。

*10Tanner Stageとは,思春期の発達段階を5つ分けたもの。

*12原文ではcross-sex and cross-genderとなっており,「生物学的かつ社会・文化的な意味での異性」の意。

*13原文はsatisfactory。

*15原文ではsequential therapyとあり,「ある薬剤から,別の薬剤へと順次,処方し,治療を継続する方法」の意。

*16原文ではthose who not already reproducedとなっており,一般的には「まだ子どもがいない人」という訳になるが,筆者らは@子どもがいるかいないかをreproductionの定義としない,という最近のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ概念の流れをくみ,A「子どもをつくることを目的として精子バンクに精子を保存していない人」という意味もあると考え,あえて日本語としては馴染みにくい「生殖していない」という訳を採択した。

*17日本の法律上は「面接交渉権」と呼ばれるものがこれに相当する。

*18原文ではpost-transition follow-upとなっており,直訳では「移行後の予後観察」となるが,文脈を考慮し,「術後の」とした。